掲載日/2004・07・16
更新日/2004・12・03


はくと
はくと
種別
特急
登場年
平成6年
使用車種
キハ181系(平成9年まで)
主な運転区間
京都(大阪)⇔鳥取・倉吉
運転本数
2往復(平成8年)
表定時速
73.6km/h(4号・平成8年)
備考
・智頭急行を経由して関西と鳥取とのアクセス特急で、「スーパーはくと」の補完列車として登場した。現在は廃止。
D.Vの乗車メモ
・結構なじみのある列車のはずなんだけど、乗車したのは平成9年の1回だけだった・・・。倉吉から新大阪まで乗車した。

列車の解説

平成6年の暮れに智頭急行が開通したが、この改正で山陰方面への特急列車の運転体系が大幅に変更された。この改正で誕生したのが「はくと」であったが、当初は「スーパーはくと」が定期列車で「はくと」は毎日運転ながら、臨時列車扱いであった。運転区間は大阪〜倉吉であった。
平成8年の3月に山陰本線の園部〜綾部間が電化され、山陰本線の「あさしお」が電車化されたが、鳥取地区の対関西ルートは智頭急行経由にて維持されることになり、「はくと」は正式に定期列車化され、2往復に増強された(さらに不定期で1往復あった)。
しかし、新型のHOT7000系を使用する「スーパーはくと」に比べて速度やアコモデーションの点で見劣りしていた感は免れず、HOT7000系の増備にともない、1往復に削減され、平成9年末に定期列車から撤退した。
その後は最繁忙期などに臨時列車として運転されることはあったが、「スーパーはくと」が一定本数確保されていることもあり、今後運転されることはないであろう。

乗車時の感想

私が「はくと」に乗ったのは1回だけで、大変もったいないことをしたなと思っている。
智頭急行が開通し、山陰本線の綾部〜園部間が電化され、鳥取方面へのルートが智頭急行経由にシフトし、乗る機会はあったはずなんだが、関東から乗り継ぎを考えてしかもいい時間に乗り継ごうと思うと「スーパーはくと」に乗るしかないという状態だった。
やはり「はくと」は補完的な役割であったということなのだろう。ただし、鳥取方面から関東へ戻る場合、「はくと」4号はちょうど良い時間に走っているほとんど唯一の列車だったと思う。現在でも「スーパーはくと」4号は似たような時間に走っており、利用しやすい列車である。
写真は「はくと」4号に乗車したときのもので例によって倉吉で撮影した。前年までは「あさしお」が走っていた。そして奇しくも「はくと」として最後まで残ったのは4・9号だった。「あさしお」4・9号と似たような時間に走る列車であった。特に私には4号というのがよほどお似合いなのだろうか・・・。
「はくと」は確かに「スーパーはくと」に一歩劣る走行性能だったが、それでも山陽本線では120キロ走行を見せその走行がいまだに健在であることを実感させられた。
私は乗り継ぎの関係で新大阪までの乗車だったが、上郡から延々京都(およそ170キロメートル)までフルスピードで走行できるという数少ない幸運に恵まれた181系特急ではなかったかと思う。もっとも・・・それでも表定時速の計算をするとそんなに速くはないのが不思議だ(まあ、それまでの山陰特急に比べれば天と地の差だが)。なお、智頭急行線内は振子機能がないため、110キロに制限されていた。(181系にとってはたいした制限とは思えないが)

ギャラリー

「はくと」の方向幕。
黒幕を採用し始めたのは「はくと」が最初ではなかったかと思う。その後あっという間に山陰地方の181系はこの黒幕に覆い尽くされてしまったわけだが。。。。
ちなみにこの方向幕を見ると倉吉行きの「はくと」あるような感じだが、この頃は1往復に削減されていたときで、下りの9号は鳥取止まりだった。
なお、繁忙期は延長運転をしていたが、延長運転の際には米子まで顔を出しており、「はくと」のなかでも、もっとも長距離運用であったことになる。
倉吉にて。


直接ここへ来た方、ぜひトップページから他のコンテンツも見てくださいね。

全国の列車トップページ

Copyright(C)2003-2004 D.V