登場年:昭和44年(1969年)
運転区間:(大阪)金沢〜新潟(長岡)
使用車種:485系・489系
昭和36年に登場した特急「白鳥」は青函連絡と言う重責を担っていたが、北陸への足としても重用されていたため、特に新潟までの混雑は年々深刻になっていた。
それを問題視した国鉄は昭和44年のダイヤ改正で、485系を新たに投入し、大阪〜新潟間の特急を新設した。これが特急「北越」であった。
この結果、新潟までの乗客を「北越」が半ば引き受ける形が出来上がり、「白鳥」は青函連絡に専念できるようになった。その後、「北越」は金沢発着を増発して3往復の体制となるが、「雷鳥」の新潟延長が決定すると、大阪〜金沢間が廃止となり、北陸〜越後間の都市間特急となった。
国鉄末期には一旦1往復に戻されるが、「はくたか」やその他の一部の急行列車の重複区間を逆に吸収し、増発が実施された。しかし、結局L特急には指定されなかった。この状態でJR化を迎えることになる。
JR化後は比較的早い時期に上沼垂のリニューアル485系が投入されるなど、体質改善が進んだが、新幹線接続を担う「かがやき」が登場し、格下の特急と言うイメージが強くなった。これが悪影響を与えたのか次第に利用率が低下していった。また、平成9年には北越急行が開通し、同線経由の「はくたか」が新設されると、長岡で新幹線を接続して北陸へ向かうルートがメインルートから脱落。「北越」は大幅に減少し、一時は2往復にまで落ち込み1往復は長岡どまりとなっていた。
ただし、北陸〜越後間の都市間輸送の役目もあった「北越」は廃止は免れた。
最近では「白鳥」と「雷鳥」との重複区間がすべて「北越」に統一されたため、5往復での運転となっていて、全列車金沢〜新潟間での運転となっている。また、2006年のうちに北陸最後の485系列車となる予定であるが、今しばらくこの状態が続くものと思われる。