特急【まつかぜ】
     J.N.R Limited Express "Matsukaze"


リバイバル運転時の「まつかぜ」が倉吉駅に到着する。
(写真:倉吉駅/撮影:デューク)

●基本データ・運転区間
登場年:昭和36年(1961年)
運転区間:大阪・新大阪(京都)〜米子(博多・松江・鳥取)
使用車種:キハ80系・キハ181系

●列車の解説
 特急列車が歴史的に大増発された昭和36年10月のダイヤ改正において登場した特急10本のうちの1本として、キハ80系を使用して運転を開始したのが「まつかぜ」だ。
 「まつかぜ」は運転初日に、福知山駅で6号車が車軸に異常発熱を起こし、6号車を開放して尻切れトンボ状態で松江まで運転するというトラブルに見舞われたが、その後は瞬く間に満員の盛況となった。運転開始から1年が経つころには山陰地方を運転する初の特急として確固たる地位を築いた。昭和39年には松江から博多に延長され、都市間特急としての使命も負う事になる。
 姉妹列車として「やくも」が登場するが、新幹線岡山開業にあわせて伯備線特急に移行したため、「まつかぜ」は旧「やくも」を吸収し2往復化される。
昭和57年に、伯備線が電化され、余剰となったキハ181系によって1往復がキハ181系化された。残った1往復は本州最後の食堂車つき気動車特急として奮闘したが、すでに時代のニーズに合わなくなってきていた。
 結局昭和60年に80系で最後まで残った博多「まつかぜ」も米子で系統が分割され、同時にキハ181系化された。
 大阪⇔米子間でかろうじて生き残った「まつかぜ」であったが、福知山線および山陰本線城崎電化の完成とともに昭和61年11月のダイヤ改正で電車特急「北近畿」に置き換えられ、廃止された。
 それから17年後の平成15年。「まつかぜ」はリバイバル特急として大阪⇔米子間を走った。

●ギャラリー

 大阪駅で出発を待つ「まつかぜ」。
 ヘッドライトの光り方が魅力的。端正な前面をより一層魅力的にしているのではないだろうか。
 願わくば、絵入りのヘッドマークも付けてほしかったなぁ。文字だけに比べてほとんど幻とも思えるたったの1年半しかつけられなかった絵入りヘッドマーク。
 もし、次回があるのなら、絵入りを期待したい。
(写真:大阪駅/撮影:デューク)

 豊岡駅で撮影した「まつかぜ」。
 わずか2分の停車時間の間に撮影した。このときはぎりぎりで間に合ったけど、無茶しすぎだよなぁ。
 一番上の写真に対してより横の位置から撮っている。編成美という意味ではこちらのほうが良く写っている用に思える。
 キハ181系の魅力を余すことなく写していないだろうか。そして何より、1号車の向きがちょうどATS関連の機器が見えなくなっているため、非常に原形に近い印象を与えてくれる。
(写真:豊岡駅/撮影:デューク)

 リバイバル「まつかぜ」の行先方向幕。
これは、JR化後のキハ181系の方向幕に多かった発駅と終着が書かれたものである。 国鉄時代は行先のみが書かれていた。
 まあ、なにはともあれ、ここまで準備していたというのは驚きである。
(写真:大阪駅/撮影:デューク)
 
 

2006/06/11更新(2004/05/23初版)

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