掲載日/2004・05・23
更新日/2004・12・26


お  き
おき
種別
特急
登場年
昭和50年(平成15年リバイバル)
使用車種
キハ80系(昭和51年まで)
キハ181系(昭和51〜平成13年・平成15年)
※キハ187系(平成16〜17年・・・臨時列車)
主な運転区間
鳥取・米子⇔下関・小郡
運転本数
3往復(平成12年)
表定時速
59.0km/h(4号・平成5年)
備考
・新幹線博多開業を期に小郡から山陰西部へ向かう新幹線接続特急としてスタート。キハ181系使用期間No.1の地位を築いた。
D.Vの乗車メモ
・JR化後の現役時代には津和野→米子、出雲市→米子に乗車。リバイバル時に米子→新山口を初めて完乗した。

列車の解説

山陽新幹線博多開業の昭和50年に、小郡から山口線経由で山陰を目指す新幹線接続特急が設定されたが、これが「おき」である。
ダイヤ改正前日まで「かもめ」として走っていたキハ80系車両のうち一部が「おき」に充当され、鳥取・米子〜小郡間で運用を開始した。
運転開始当初は「あさしお」「はまかぜ」と共通運用であったが、翌年には「つばさ」の電車化で余剰となったキハ181系に置き換えられた。
その後はグリーン車が非連結となり、運転区間が一部について出雲市までとなるなど細かい変更点があったが、大きな変更もなく21世紀を迎えたが、山陰本線のうち島根県区間について高速化工事が完了したため、新型の187系に置き換えられ、列車名も「スーパーおき」となり、「おき」は定期運用を失った。
しかし、その後も多客期を中心に収容力に難点のある187系を補完して「おき」は運転された。
平成15年10月の鳥取県内高速化が完成とともにキハ187系が増備され、増結が可能になり、以後運転されることはなくなった。
平成15年12月6,7の両日「おき」が復活運転し、米子⇔新山口を2日間かけて1往復した。
平成16〜17年にかかる年末年始に新山口〜浜田間でキハ187系使用の「おき」91・92号が運転されたが、なぜか「スーパー」とつかない、「おき」として設定されていた。なぞだ。

乗車時の感想

ふと、キハ181系の歴史を振り返ってみると、この系列を一番長く使用した列車は実は他ならぬ「おき」だった。
現在進行形の「はまかぜ」が猛追しているものの、2007年まで181系で走り続けるのはちょっと困難じゃないかなぁと思う。
私がこの由緒ある列車を利用したのは2回。津和野から米子に戻ったときと、出雲市から米子へ行ったときと・・・。津和野から乗ったときは山陰線内に入った後は眠気との戦いで、あまり良く覚えていないのが残念だ。
そんなに昔のことではないと記憶しているのだが(切符を見てみたらなんと平成6年だそうな・・・)、トイレはタンク未設置だったね・・・。いわゆる垂れ流しというやつで、トイレの穴から線路が見える・・・
出雲市から乗ったときは「やくも」でも良かったのだが、先に来たのが「おき」だったので、乗っただけなのだが。繁忙期であったため、6両という編成だった。国鉄色の長大編成を見れる数少ない存在になっていた頃のことだったから、今にして思えば貴重なことだった。

そして、平成15年12月。あの日の記憶とともに「おき」が復活運転するということで、乗車してきた。写真はそのときのもので、米子駅での1枚だ。この1枚を撮るだけでもえらく苦労したような気がする。
キハ47系が邪魔だよなぁ。この後ベストショットを撮影することに成功するのだが。。。失敗作とともに誤って消してしまうというおろかなことをしてしまった。
デジカメって怖いなぁ。
記念乗車証は、私の永遠の宝物だ。

ギャラリー

「おき」の行先方向幕その1。
「おき」は一時期2号のみ下関から営業運転をしており、下関〜小郡間は山陽本線を経由していた。
その後、「あさしお」廃止に伴い、鳥取まで延長運転され、下関〜鳥取間の長距離特急となる。ディーゼル特急最長距離特急の栄冠を手にしたのはこの時だ。
下関延長運転は鳥取延長の1年後に廃止される。
この方向幕を見るとあたかも下関行があるような感じだが、実際には上りの2号だけだった。
たぶん米子にて。
おき」の行先方向幕2
リバイバル運転のときの方向幕。2度とないであろう新山口の文字がまぶしい。
ところで、下の写真もそうなんだが、私が所有している方向幕の写真はもっともスタンダードである「米子⇔小郡」が実はない。
何でこんなイレギュラーなものばかり所有しているのか自分でも謎・・・なわけで。
米子にて。
「おき」の方向幕3
当日乗車していた人でないと気づかなかったかもしれないこの方向幕。
「やくも」の前身に当たる「おき」の方向幕が掲出されていた。12月6日の進行方向右側の方向幕がこうなっていた。
米子と松江で見たときは新山口の方向幕だったので、途中で変わったものと思われる。
しかし・・・この方向幕をお目にかかることになるとは・・・なんというのか・・・。
もっとも、当時の方向幕はこうはなっていなかったわけですが。これを作りこんだJR西日本に脱帽するしかない。
山口にて。
松江駅で撮影した「おき」
ヘッドライトの輝くがなんとも魅力的な一枚。
ところで、このキハ181の車番はキハ181−20。当列車コーナーの「はくと」のページに掲載した「はくと」の先頭車と同一の番号だった。
なんという因果というか、どこで昔乗った車両と出会えるかわからないね。
松江にて。
益田駅で撮影した夜の暗闇の中発車を待つ「おき」
露光を最低限に抑えたら、こんな感じになりました。ヘッドライトの輝きがなんともいえない。
実はただ単に露出が足りなかっただけという噂もあるのだが、ちょっとしたお気に入りの写真だ。
ディスプレイによっては真っ暗にしか見えないかもしれない(汗)。
益田にて。
山口駅で撮影した「おき」
山口の停車時間は20分程度にも及び、かなり自由な撮影時間を確保できた。
ヘッドマークがつぶれてしまったのが残念だが・・・。
リバイバル運転は大変良い思い出となことは間違いない。
山口にて。


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