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山陰地方の鳥取周辺は長い間特急を利用しても4時間ほどかかる距離であったが、山陽本線の上郡と因美線の智頭を結ぶ智頭急行が開通すると智頭急行経由で大阪と鳥取は一気に2時間半の距離となったが、これを実現したのがHOT7000系による「スーパーはくと」であった。 当初は京都へは「あさしお」が存続したため、新大阪まで運転であり、本数も3往復で、このほかに毎日運転の臨時「はくと」がキハ181系で運転されるという状況であった。 運転開始直後の平成7年1月に阪神淡路大震災が発生し、長期にわたって運休する事態となるが、復旧後は山陰方面へのエースとなる。 平成8年のダイヤ改正では「はくと」の増発はあったものの、「スーパーはくと」は現状維持となった。しかし、その後1往復が「スーパーはくと」となり、4往復に。さらに平成9年の暮れには残っていた「はくと」4・9号も「スーパーはくと」に編入され、加えて1往復が増発され6往復となった。 しかし、週末をはじめとして慢性的に混雑している列車もあり、平成14年には週末は通年1両増結の措置がとられるようになったが、それも長くは続かず、結局さらに1往復増発ということになり、現在は7往復となっている。 この特急の特徴は東海道・山陽区間の走行距離が長いことで、全行程の半分以上がこの区間となっている。 速度については、運転開始当初は智頭急行線内のみ130km/h運転を行っていたが、新快速の最高速度が130km/hに向上したときから、京都〜姫路間でも130km/hに向上、大阪〜鳥取間の所要時間はついに2時間半を切った。 平成15年の鳥取県内の山陰本線等の高速化完成によってさらに時間短縮が図られている。 もっとも、乗客の数は漸減傾向にあるようで、駅員の話でも運転開始の時期ほどの乗客の数は見込めないとのことだった。
この列車は平成6年の暮れに登場していたが、平成7年は乗る機会がなく、平成8年の夏、田舎からの帰りに鳥取から大阪まで乗車したのが初乗車であった。このときは大阪から特急「白鳥」に乗り、直江津から「あさま」に乗り継いで帰るという物好きなルート選択をしていたのだが、「スーパーはくと」が登場するまでは夢のルートであった。 このときは展望のよい5号車に乗車したが、前面展望のすばらしさに唖然としたことを覚えている。しかし、何よりすごいのはあの一大幹線である東海道・山陽本線を170km/h近く快走することだった。 昭和50年の新幹線博多開業で山陽方面の昼行優等列車は姫路から各方面に向かう列車を除いて廃止されてしまっていたが、かつての特急を髣髴させるような幹線の長距離走行は今でも心踊るものがある。 乗車回数は新幹線を除けば圧倒的にトップを行く列車なので(関東在住の割にはこの列車がダントツで最多・・・)個々の思い出はそれほどないのだが、銀行でお金を下ろすのを忘れてて残金50円でひやひやしながら乗車したこともあった。このときはもし事前に切符を買ってなかったらアウトだった。 車内販売で弁当を買うことも多いのだが、どういうわけか毎回買うのは「かに寿司」(笑)。 前面展望で130km/hの世界を堪能し、複々線区間を延々と行く・・・この興奮はこの列車の特典とも言える。ぜひ一度お試しあれ。
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