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長く高速鉄道網の整備が遅れてきた山陰本線であったが、とくにローカル色の強い島根県地域では、都市間列車の速達化が重要な課題であった。 島根県の援助によって、安来〜益田間が高速化されることになり、高速化の完成とともに誕生したのがこの「スーパーくにびき」であった。 この列車はもともと益田・米子〜鳥取間を結んでいた特急「くにびき」のグレードアップのほか、特急「いそかぜ」の系統分割、快速「石見ライナー」の格上げもかねていた。そのため、登場と同時に5往復の特急列車となった。 この措置で、特急列車の利用は好調で、この直後には鳥取県内の高速化にも着手した。 このように、順風満帆にみえた「スーパーくにびき」であったが、鳥取県内の高速化が完成した際に列車名を「スーパーまつかぜ」と改めることになり、2年ちょっとという短い歴史に幕を閉じた。「くにびき」という列車名は昭和63年に登場後、16年で消滅することになった。
はじめて「スーパーくにびき」に乗車したのは登場直後の平成13年8月であった。まあ、どんな車両かなという程度の興味本位での乗車であった。乗車区間は倉吉〜鳥取間で、まだ高速化前の話であり、ダイヤはキハ181系の列車と同じだった。当然走りもそんなにたいしたことはなかった問い印象しかない。 その後この列車に乗る機会には恵まれないまま時は過ぎ、平成15年になった。 夏に、山陰経由で九州まで行く旅行を計画した私は出雲市から益田まで「スーパーくにびき」に乗車することにした。ここで、初めて「スーパーくにびき」の真価を目の当たりにすることになった。 振子機構全開で飛ばすこの列車に感動すら覚えた。山陰線内をこんな高速で走る列車が登場するなんて・・・という隔世の感があったからだ。 写真はそのとき出雲市駅で撮影したものであるが、結局、この1枚しか写真はとらなかった。 同年の10月のダイヤ改正で列車名は山陰にクイーンとして君臨していた「まつかぜ」の名を引き継ぐことになったが、走行区間はほぼそのままであり、「スーパーくにびき」の血筋はまだ生きているのである。 |