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昭和47年に東京地下駅が開業し、合わせて房総東線と房総西線の全線電化が完成した。この時に房総西線経由の特急列車として登場したのが「さざなみ」である。なお、この改正の際に房総西線は内房線と改称している。 183系が使用され、グリーン車連結の9両編成で、季節運転を含めて10往復が登場し、L特急として活躍した。 昭和60年の改正では、一部の列車はグリーン車の連結をやめ、通常は6両で、多客期には3両を増結するという方針に転換した。その代わり増発されている。 JR化後はグリーン車が全列車に復活するなど、再び活気を取り戻したが、平成2年に「成田エクスプレス」の運転に備え、「さざなみ」は京葉線経由に経路変更された。 平成5年になると新型の255系を使用した「ビューさざなみ」が登場し、「さざなみ」は看板列車から多少ランクが落ちることとなった。この影響が出たのか、グリーン車の利用率が悪くなり、グリーン車が廃止され、8両編成となった。 その後は「あずさ」「かいじ」への新型車両投入によって押し出されたグレードアップ車両への置き換えなどが実施されたが、ついに平成16年にE257系500番台によって「さざなみ」は全面的に置き換えられた。この置き換えによって、君津以遠での各駅停車の運用は1本をのぞいて取り止めとなり、再び特急らしくはなったが、今度は編成長が、基本5両とちょっと物足りなくなった感じだ。
「さざなみ」は国鉄時代に乗車したことのある数少ない特急の一つで、房総への旅行の際に帰りの列車として利用した。利用区間は館山から千葉までであった。 前日に「わかしお」に乗っていたため、また特急に乗れるとあって、幼いながら、随分と舞い上がっていたことを覚えている。 しかし、乗車時の印象は「わかしお」よりも「さざなみ」の方が強烈に残っている。 「さざなみ」に乗車していたとき、窓のところのテーブルに未開封のサイダーの缶を置いていたのだが、電車が揺れた拍子に床に落ちてしまった。 そのとき、私は缶を拾ってもとのところに戻したのだが、炭酸飲料は振ったりすると開封した時に噴出すということをまだ知らず、そのまましばらく放置した後、のどが渇いたので、サイダーの缶を開けてしまった。 その瞬間、サイダーが噴水のように飛び散って、前後に座っていた乗客の方に降り注ぐことになった・・・(汗)。天井にまで達していたようで、天井からもポタポタ落ちてくる始末・・・。 結局、両親と前後の乗客の方に謝って回る羽目になったわけだが、この一件があったために「さざなみ」という列車にはどこか愛着のようなものを感じている。 その後は、グリーン車に乗車したり、ホリデーパスの小旅行で利用してみたりと何かと利用しているのだが、平成16年に置き換えられたので、新しい車両に乗って房総へ旅したいものだ。
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