掲載日/2004・12・01



白 根
しらね
種別
特急
登場年
昭和46年
使用車種
157系(昭和46〜50年)
183系(昭和50〜57年)(リバイバル)
185系(昭和57〜60年)
主な運転区間
上野⇔(長野原)、万座・鹿沢口
運転本数
4往復(昭和60年)
表定時速
62.8km/h(1号・昭和58年)
備考
・吾妻線直通の週末の臨時列車として登場。温泉特急として君臨した。185系化の際にL特急&定期列車となった。
D.Vの乗車メモ
・私が乗ろうとしていた頃には「草津」と改称してしまっていた。平成16年にリバイバルしたが結局乗らずじまい。

列車の解説

吾妻線は温泉地が点在しており、週末ともなると温泉客でにぎわっていた。ちょうど伊豆のような感じであった。
そのため、伊豆のように温泉特急の運転の要望が出されていたらしく、週末手隙気味であった157系を使用して特急を運転することになったが、これが「白根」である。
当初は1.5往復が週末に設定され、長野原(現・長野原草津口)までが1往復で、下り1号のみ万座・鹿沢口まで足を伸ばしていた。
昭和50年も暮れとなった12月、「白根」の使用車種は老朽化した157系から新鋭の183系1000番台へと変わった。この状態が7年続くが、183系化の際に2往復となり、全列車が万座・鹿沢口まで運転されるようになった。
「白根」の大きな転機となったのは昭和57年のダイヤ改正で、この改正で吾妻線の主力として活躍してきた急行「草津」が特急へと格上げされ、「白根」に編入された。この結果運転本数は4往復となり、定期列車へと格上げされ、上野〜新前橋間では「谷川」「あかぎ」との併結も実施され、L特急に指定された。さらに、使用車種も新しい185系へと変わった。
このまま安泰かと思われたが、急行「草津」が廃止となったところ、日本でも有数の温泉地である草津温泉をはじめとして、「草津」の名を復活させてほしいという要望が出るようになった。
結局昭和60年のダイヤ改正で列車名は「草津」と変更され、「白根」は消滅した。

平成16年11月、上野〜長野原草津口間で「白根」が復活した。懐かしい絵幕のヘッドマークをつけた183系が高崎線・上越線・吾妻線を快走した。

乗車時の感想

乗車経験はない。鉄道に興味を持ち、本とかをあさるようになった頃には「草津」と名を変えていた。「白根」という特急があったことを知ったのもJR化後の話である。
平成16年のリバイバルの際も乗車しようかとも考えたが、そんな気分でもなかったのか、結局乗らずじまい。記録だけ残しておくか・・・と撮影しただけだった。
思い入れがあまりないだけに、なかなか足が向かないものだ。

ギャラリー

「白根」の方向幕。
上野に顔を出す特急はやはり「上野行」の方向幕がしっくり来る。
今回のリバイバル運転では、長野原草津口まで運転されたため、方向幕にも「長野原草津口行」のものがあったが、「白根」が現役だった頃は、まだ「長野原」という駅名であるから・・・
上野にて。

発射を待つ「白根」。
今回のリバイバル運転では何らかの手違いで、11月27日の下り電車のヘッドマークが「臨時」となっており、沿線のファンを失望させたのだとか。
ところで、183系が「白根」で運用されていた当時、「白根」はL特急ではなかったが、今回のリバイバルヘッドマークにはLマークがある。
上野にて。
下り「白根」。
下り列車はヘッドマークは絵幕だったが、上りは字幕だったらしい。私は字幕にはあまり興味がないので、どうでも良かったのだが。
ところで、今回のリバイバル運転の停車駅だが、昭和57年以降の停車駅に近いのだが、上尾の存在が・・・(汗)
赤羽にて。


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