昭和59年2月の国鉄減量改正に伴って下関運転所に集中配置されたEF58が短期間に東海道山陽本線の荷物列車運用から撤退した後、その後継機として白羽の矢が立てられたのが電気暖房機器を搭載していたEF62でした。本来、信越本線専用機としてEF63との協調運転を前提に設計された同機の平坦地への転用は、当時の国鉄財政の逼迫が生み出した窮余の一策でありました。

 しかし、荷物列車運用だけに止まらず、宮原客車区のスロ81系お座敷客車牽引にも充当されるなど、EF58の後継機としての役割はそれなりに果たした気がしています。

 ところが、昭和61年11月改正で荷物列車自体が廃止され、用途を失った26両のカマは2年半余りの短い活躍で幕と閉じることとなりました。その後、瀬戸大橋線の耐荷試験列車の死重として走行したという記憶がありますが、真偽には自信がありません。
ここでは、下関運転所に配置されて荷物列車を中心に活躍した姿を、その他の写真も含めて紹介したいと思います。(平成23年12月13日執筆、所属表記は撮影時)

○機体別にご紹介しておりますので、写真をクリックしてください。
▲EF62−1
▲EF62−3
▲EF62−4
▲EF62−13
▲EF62−14
▲EF62−15
▲EF62−16
▲EF62−21
▲EF62−23
▲EF62−24
▲EF62−26
▲EF62−29
▲EF62−30
▲EF62−32
▲EF62−33
▲EF62−54

 山から降りてきた山男たちは、想定外の過酷な運用が祟って故障が頻発したようです。しかし、山陽本線の人間である私にとってEF62が走ることはEF58引退が残念であったこととは別に、何かしら『撮ってみよう』と思わせる魅力があったように思います。短い期間でしたけれども独特の走行音と共に駆け抜ける姿は、今も心に残っています。