○1980年5月&8月 東海道山陽線快速からグリーン車が無くなる頃
 昭和55年10月1日のダイヤ改正では長年の懸案であった「SM分離」、即ち、東京駅口における東海道本線と横須賀線の分離が実現する運びとなりましたが、列車本数が増えることに伴い、需要が見込めるグリーン車の絶対数が不足することになりました。そこで国鉄では新製車両に依る対応を極力抑えるために、利用が低迷していた関西圏の東海道山陽本線快速に連結されているクリーン車を転属させることに決めました。
 確かに"シブチン"の多い関西圏ではグリーン車への需要は低かったことは否めません。しかし一方では、グリーン車を連結していたのは全快速電車の3分の2に止まり、定期利用がしにくいという事情もあったことは見逃すことの出来ない点です。
 ここではグリーン車が連結されていた事実を記録した最晩年の写真を、僅かですが紹介させていただきます。因みに当時の編成について記憶を頼りに再現してみると、
【サロ付基本】網干方 Tc111 M113 M'112 Ts110or113 Tc111 M113 M'112 Tc111の8連
【サロ無基本】網干方 Tc111 M113 M'112 T111orTc111 M113 M'112 Tc111の7連
【 附  属 】網干方 Tc111 M113 M'112 Tc111の4連
 となっていた筈で、ここからサロが引き抜かれました。
(使用機種:FUJICA GE、撮影場所:山陽本線英賀保−網干間、執筆:平成24年5月5日)


逆光で申し訳ないですがサロ113の1000番台のトップナンバー
1980.05.11 サロ113-1001 所属不明 959M


附属編成は大阪方に連結されていましたので、12連での連結位置は編成のやや後(網干方)となりました
1980.05.18 サロ110-51 所属不明 834M


窓下のグリーン帯が消され出したのはこの頃でした
1980.05.11 サロ113 車番等不明 1736M


サロ113は簡易リクライニングシートで定員48名
1980.08.25 所属不明 960M


グリーン帯は編成に彩りを添えるもので好きでした
1980.08.25 所属不明 1740M


グリーン帯が無いとアクセントが無く、平板な感じがします
1980.08.25 所属不明 1962M


サロ110は転換式クロスシートで定員60名。利用の多い東京口ではこのタイプが主流でしたね。
1980.08.25 所属不明 764M

 確かお盆を過ぎた頃にグリーン車の営業を止めましたが、転属までの間はロハ扱いで乗車することができました。かく申す私もロハとなってから英賀保−姫路間を利用しました。それにしても、「ロ」を「ハ」で利用して"只"とは上手く云ったものですな(笑) 。