○1982年3月24日〜28日 青春18"のびのび"切符の旅
 今をときめく「青春18切符」は昭和57年3月に産声を上げました。名付けて『青春18のびのび切符』。普通・快速列車であれば国鉄全線の利用が可能というのは、今の18切符と同じですが、最初は1日券3枚と2日券1枚の計5日間使うことが出来、料金は8千円でした。
 大学受験を無事に(?)終え、最もヒマでお気楽な期間を迎えたわたくしが、この千載一遇のチャンスを逃す筈がありません。この切符の記者発表があった後、早速にプラン作成に取り掛かりました。
 プランの前提は、@大学の諸手続きの関係で3月中に決行し、A5日間を目一杯使う、B可能な限り枝線を乗り潰す、Cいつもの通り宿は取らないことでしたので、必然的に夜行の乗継ということになります。当時、夜行普通列車は各地に残っており、北海道の山線夜行、東京圏の上越夜行(下りのみ)、中央夜行、大垣夜行、関西圏の「山陰」、「はやたま」、四国の中村夜行、そして九州の「ながさき」と全国で8本が走っていました。これらの一部を組み合わせた5日間のプランとしました。
 そのプランに、中学の同級生2名、高校写真部の後輩1名が途中から合流することとなりましたが、同級生の一人は旅行中に最高学府の合否発表がありましたので、その成否に依っては参加が叶わぬこととなります。さて、どうなりましたやら・・・。
(使用機種:(カラー)PENTAX MX(白黒)FUJICA GE、執筆:平成24年5月7日)

▼初日〜3月24日(月)〜


これが切符のフロントページです


いまでは5日分が1枚ですが、発売から暫くは切り離し可能でした




先ずは英賀保駅5時16分の始発電車に乗って加古川線沿線を北上。
当然、三木・北条・鍛冶屋の3支線にも乗りましたが写真は撮らずじまい。

その後、谷川駅から福知山線を北上して福知山駅へ。到着後、福知山機関区を外周道で辿ります。狙いはこれ




その後、交通科学館に保存されることとなったDD54の33号機


この時、にわかに黒雲が迫って来て霰に見舞われました(涙)


少し落ち着いたので改めて撮影
如何に撮影条件が悪かったかご理解頂けると思います

福知山機関区を去った後、上夜久野駅で降りて撮影タイム




両端共パノラミックウィンドウ車の気動車急行
キハ58-1116(上)キハ28-3020(下) 所属不明 811D 丹後1号/山陰本線下夜久野−上夜久野間

DD51の非重連タイプによる香住発大阪行き客車鈍行
DD51-50 米 742レ/山陰本線下夜久野−上夜久野間

同じDD51でも最終に近いカマによる大阪発米子行き客車鈍行
DD51-1172 米 723レ/山陰本線下夜久野−上夜久野間


ここを選んだ理由は7月の伯備電化で181系化される82系を撮るため
キハ82-53(上)105(下) 大ムコ 7D まつかぜ3号/山陰本線下夜久野−上夜久野間


場所とレンズの選択、構図が悪くて列車の後部が写っていないのが致命的!
キハ82-44(上)67(下) 大ムコ 8D まつかぜ2号/山陰本線下夜久野−上夜久野間


実は、かなりピンが甘かったりする(汗)
キハ82-68(上)15(下) 大ムコ 15D あさしお5号/山陰本線下夜久野−上夜久野間

これもピン甘。折角のスリーセブンだったのに!
DD51-777 米 724レ/山陰本線下夜久野−上夜久野間

上夜久野駅へ戻っての一コマ。左に機関区へ戻るDE10-1507(福)が写っています
DD51-1185 福 725レ/山陰本線上夜久野駅

上夜久野駅から京都駅経由で天王寺駅へ、今夜の宿は「はやたま」
EF58-139 竜 924レ はやたま/阪和線天王寺駅

▼【この日の行程】

英賀保5時16分発(726M)→加古川5時38分着6時11分発(521D)→三木6時42分着51分発(524D)→
厄神7時04分着08分発(725D)→粟生7時23分着25分発(623D)→北条町7時52分着8時06分発(628D)→
粟生8時34着38分発(727D)→鍛冶屋9時32分着37分発(740D)→野村10時01分着03分発(829D)→
谷川10時35分着52分発(735レ)→福知山11時41分着12時20分発(837レ)→
上夜久野12時52分着16時55分発(726レ)→福知山17時40分着58分発(142D)→
京都20時49分着53分発(859M)→大阪着21時27分着(大阪環状線)→天王寺23時00分発(924レはやたま)